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センター物理・理科総合A/Bの無料解説講義

『微積で楽しく高校物理がわかる本』の著者で、「物理Web講座」を開講している予備校講師の田原真人さんをあなたはご存知でしょうか。

彼が教える高校物理は微積分を使います。

これに対し、一般の高校で教えている物理は微積分を使いません。

あなたはどちらが分かりやすいと思いますか?

実は圧倒的に微積分を使う方が分かりやすいのです。

それなら、一般の高校でもそうすればいいじゃないか、と思うでしょうが、単にカリキュラムの都合で微積分を使っていないだけなんですね。そのため、無味乾燥な公式を暗記するのに疲れて物理が嫌いになる高校生が多いそうです。

でも、そんな高校生でも、手順を踏んで微積分を使った物理を学べば物理の本質が理解できて、物理が簡単になる・・・それが田原さんが開講している「物理Web講座」です。

その田原さんがセンター試験の解説講義をPCレターで無料公開するそうです。(PCレターというのは無料ソフトなんですが、臨場感たっぷりに講義を「見る」ことができます)

概要は以下の通り。

(1)センター試験(1月22日)終了後、3日以内に物理、理科総合A、理科総合Bの解説講義、出題分析、学習アドバイスをPCレターで行います。

(2)高校1・2年生に、センター試験の対策方法を知る上で役立つと思います。

(3)講義を見る方法はメルマガの中で発表するので、受講希望者は、

物理→「物理の美しさに感動したい人集合!微積物理超入門
 

理科総合→「理科総合でセンター突破!予備校講師がおくる必勝法
 

へ登録しておいてください。




定期テストと実力テストの関係

公立高校入試の場合は内申点の比重が高いこともあり、公立第一志望の中学生は定期テストでしっかり結果を残すことが大切です。

ところが、大学受験になると推薦入試を除いて定期テストの成績が入試の結果に直接影響を与えることはありません。そのためか、定期テストを軽視する高校生がいます。

例えばこんなケースです。

校内実力テストや校外模擬テストでは好成績を残すのに、学校の定期テストは不成績な生徒。

一方で、定期テストの割には実力テストの成績がもう一つ、という生徒も当然います。

1,2年生の時期にこうした傾向が見られるとして、どちらのタイプが大学入試で成功する、と思われますか?



大学入試がセンター試験や個別試験(二次試験)の得点のみで評価されることを考えれば、実力テストに強いタイプが成功するように思うのですが、どうもそんなに単純な話ではなさそうなんです。

もちろん、入試が間近に迫った段階で実力テストの結果が思わしくない場合は相当厳しいものがありますが、早い段階においては定期テストの結果が良い生徒の方が、いわゆる「伸びしろ」があるらしいのです。

これは高2の息子が大学受験に成功した先輩から聞いた話なんですが、定期テストで結果を出し続ければ、実力テストの結果も遅かれ早かれついてくる、というわけです。

それはそうだろう、と思いますが、実力テストに強いタイプとの比較においてどうなのか、という疑問には直接答えていません。

まあ、統計を取ったわけではないので何とも言えませんが、息子が話を聞いた先輩とその周囲の受験成功組には定期テストに強いタイプが多かった、ということなんです。

別にどちらでもいいじゃないか、という向きもあるでしょうが、受験戦略上は大いに意味があります。つまり、定期テストに注力すべきか否かという問題です。

定期テストに注力した方が結果として受験に成功する確率が高いというなら、そうしない手はありません。

考えてみれば、大学入試では出題範囲の大部分を高校1,2年生の履修範囲が占めます。それなりのカリキュラムを組んでいる高校なら、定期テストにしっかり取り組むことがそのまま大学受験対策になる、と考えられます。

加えて次のような効果も期待できます。

例えばセンター試験で地理を選択する予定の理系の生徒が、受験に関係のない世界史を勉強する場合、勉強しなければそれまでですが、しっかり勉強すれば勉強しただけの「ご利益」があります。

息子によれば、地理の学習内容には歴史的な背景を知っていることで覚えやすい事柄が少なくないとのこと。つまり、地理と世界史のコラボレーションが起こるわけです。

このように総合的に養成した学力は堅実で、大学受験の段階に至って強固な実力となって現れる可能性は大いにあると思います。

世間を騒がせた未履修問題とは全く無縁な受験対策ですが、大いに考えさせられる話ではないでしょうか。






塾かアルバイトか

高校生の息子の三者懇談が終わり、年が明ければ高3が目の前、ということになります。まあ、高2の三学期というのは、光速?に近いスピードで過ぎるでしょう。そう考えれば、高3になったも同然、と言えるのかもしれません。

心理的には、来春4月、高3になってからが受験本番、という高校生も少なくないようです。

しかし、年明け早々にセンター試験があることを考えれば、大学を目指す高校2年生は正に受験一年前、ということになります。

そうです。あと一年しかないのです。

大学進学を考えているけど、受験勉強は3年になってから、と考えている高校生は考えを改めた方が身のためです。知り合いの息子さんでアルバイトに励んでいる高2生がいますが、私が親ならすぐに辞めさせます。

もちろん、バイトを辞めても勉強に身が入るとは限りませんが、それは辞めてから考えること。まずは勉強時間を確保する方が先決です。

あまりおススメしたくはないですが、塾や予備校に入って受験モードに意識を切り替える方法もあります。少なくともアルバイトを続けるよりはマシでしょう。

家計の事情でアルバイトをせざるを得ない高校生は別にして、携帯代や小遣いを稼ぐためにアルバイトをしている気楽な高校生2年生は、間違いなく勉強を優先すべき時期が到来した、ということを肝に銘ずべきでしょう。そうでないと来年後悔することになります。

もっとも、入れる大学ならどこでもいい、というなら話は別ですが・・・そんな了見の子供をもつと、親はいい迷惑ですね。

えっ?バッチリそのパターンですって? 

私なら絶対認めませんね。すぐに進路を就職に方向転換させます。大学は自分で稼いで行け、と言います。努力もせずに大学へ行ってもロクなことありませんから。



中学でも履修漏れ

高校での必修科目の履修漏れが世間を騒がせていますが、とうとう中学でも履修漏れがあるという報道がありました。

「本当にどうなっているんだ。いい加減にしろ!」

と、学校現場を非難するのは簡単ですが、高校での履修漏れも含めて、この問題の背景には何があるのかをよく見極めないと、問題の根本は解決しないと思うのです。

マスコミなどでよく取り上げられているのは、受験偏重教育の弊害についてです。

先日も某局のラジオ報道番組で受験競争が益々激化していることが背景にある、と識者も交えて盛んに主張していました。大学進学率50%時代を迎え、偏差値至上主義がまかり通っていることが、大きな要因であるとの論旨です。

しかし、本当にそうでしょうか。

偏差値至上主義と言えば、一見よくないことのように思えますが、偏差値自体が悪いわけではありません。偏差値は受験生にとって貴重な統計上の数字です。目指す大学に合格するための客観的な指標であり、目標数字になり得るものです。

合否を学力試験の合計点で判定する以上、受験者の中でどのくらいの位置にあるのかを知る機会は必要不可欠です。これは受験生の権利と言えます。

偏差値を否定するということは、極論すれば学力試験自体を否定することにつながります。学力試験ではない他の判定方法を考案することは、オリンピックの競泳において、タイムではなく、個性的な泳ぎかどうかを採点して順位を決めるようなものです。全くナンセンスであり、誰も納得できないでしょう。

やはり、客観性のある判定方法でないと公平とは言えません。

それでは、一体何をどうすれば今回の履修漏れの問題を解決できるのでしょうか。

私は今回の履修漏れの問題の最も大きな背景は「ゆとり教育」による授業時間数の不足があると思います。週5日制によって授業時間が削減された上、総合学習や新しい必修科目が入ってきて、学校現場は「ゆとり」とは正反対の状況に陥っています。特に進学校においては大学受験に対応するために、大変なやり繰りを強いられているのです。

必修逃れ(履修漏れ)をやり始めた時期が、週5日制が完全導入された時期以降に集中している(全体の約80%)との新聞報道がこれを裏付けています。

あれこれと今の受験競争を批判する前に、学校週5日制を元の週6日制に戻し、全体の授業時間を増やすことが先決だと思います。その上で、必修科目の見直しや大学側の受験科目数の問題を考えるべきでしょう。

今こそ「ゆとり教育」による歪を正し、本当の意味での「ゆとり」を学校現場にもたらして欲しいと思います。



阪神片岡、花道飾る

阪神片岡選手が引退しました。泣けました…。

12日の対中日最終戦、スタメン出場、4打数2安打と有終の美を飾りました。最後のヒットはPL学園時代、苦楽を共にした無二の親友立浪の頭上を越えるレフトオーバーの二塁打。実に劇的な最後のヒットです。

産経スポーツの記事を読んでまた涙。
特に感動を呼ぶのは中日・立浪選手との友情、とことん頑張った者同士の強い絆がなんとも美しい。

果たして自分にこんな親友がいるのだろうか。そして、こんなに完全燃焼したことがあるのだろうか。思わず自問してしまいます。もちろん、私のような凡人には及びもつきません。うらやましくもあり、心から賞賛を送りたくもあるのです。

どんなことでも同じです。結果はどうあれ、とことん頑張れるかどうか。片岡選手のセレモニーでの挨拶は心に響くものでした。そこには真実があり、だからこそ伝わるものがあります。

片岡選手ありがとう。そして、ご苦労様でした。


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